潜在空間の世界モデルは、ロボット学習の何を変えるのか ― 無界動力 MWA を関連論文から読み解く
Black AI エンジニア有志
執筆チーム / Black AI株式会社
Black AIのエンジニア有志による技術調査・検証レポートを公開しています。Physical AI・ロボティクス・エッジAI領域の最新動向をウォッチしています。
人間がコップを持ち上げるとき、脳は無意識のうちに重さを見積もり、水面の揺れを予想し、隣のグラスを避ける軌道を選んでいます。このとき表面の模様や光の反射といった情報はほとんど使わず、「どれくらいの力で握ればこぼれないか」という因果関係だけを取り出しています。こうした物理的な直感をどう獲得させるかは、ロボットにとって長年の難題でした。
先日、設立1年のスタートアップ無界動力(Wujie Dongli)が、この問題への独自のアプローチを発表し、中国のテック系メディアで話題になりました。発表自体は宣伝色が濃いものです。ただ、その背後にある技術の方向性は、いま具身知能(embodied AI、身体を持つAI)の研究で実際に進んでいる流れと重なっています。本稿では、プレスリリースの数字を追うのではなく、その土台になっている論文と設計の考え方を整理してみます。
大まかに言えば、ポイントは三つあります。ピクセル空間での予測をやめること、動作ラベルへの依存をやめること、そして学習データを成功例だけで固めないこと。順に見ていきます。
この記事でわかること
- 模倣学習ベースの VLA が現場で崩れやすい理由
- ピクセルではなく 潜在空間で未来を予測するという発想(DINO-WM / LaDi-WM)
- ラベルなし動画を活用する 潜在アクション(LAPA)の仕組み
- 誤差の蓄積を抑える チャンク単位の予測と、順逆ダイナミクスの相互チェック
- 失敗データを活かす 強化学習と、ベンチマーク結果の妥当な読み方
具身知能やロボット学習に詳しくなくても読めるように書いています。
なぜ VLA は現場で崩れやすいのか
ここ数年のロボット学習を牽引してきたのは、VLA(Vision-Language-Action) と呼ばれる路線です。視覚と言語を理解し、人間の指示文を動作に変換します。NVIDIA の GR00T N1(arXiv:2503.14734)が代表例で、環境を解釈する System 2(視覚・言語)と、動作を生成する System 1(拡散トランスフォーマ)を組み合わせた構成をとります。
ただし、模倣学習に強く依存した VLA には共通の弱点があります。人間のお手本の軌道を再現できても、その背後にある物理的な因果までは学べていない、という点です。解答を丸暗記して臨む試験のようなもので、問題が少しでもお手本と違うと対応できなくなります。照明が変わる、対象物の位置が数センチずれる ― その程度の変化で動作が破綻することは珍しくありません。
人間が型どおりでない作業をこなせるのは、世界に対する直感的な推論を備えているからです。逆に言えば、その土台がなければ、いくら方策(policy)を学習しても性能の上限は頭打ちになります。
無界動力が採ったのは、ここを正面から作りにいく方針です。すなわち、潜在空間の世界モデルと強化学習の組み合わせです。世界モデルが物理法則と因果関係を学んで「次に何が起きるか」を予測し、強化学習がその予測を試行錯誤と報酬を通じて具体的な実行へ落とし込む。先に因果を理解させ、その上で行動を学ばせる。順序としてはこちらのほうが理にかなっている、という立場です。

図版出典:量子位による無界動力 MWA 紹介記事(無界動力提供図版)
ピクセルではなく潜在空間で未来を予測する
世界モデルを作るうえで最初に決めるべきは、「モデルに何を予測させるか」です。
従来の多くの手法は、未来をピクセル空間で予測しようとします。ですが動画から学習させると、手がコップをつかむ様子だけでなく、背景の光の揺らぎやノイズ、床の質感まで一緒に予測することになり、計算資源の多くがタスクと無関係な情報に費やされてしまいます。
「ピクセルを再構成しない」という発想は、研究の世界ではすでに定着しつつあります。DINO-WM(ICML 2025)は、DINOv2 で事前学習した視覚特徴の上で未来を予測し、ピクセルを一切復元せずにゼロショットでの計画を可能にしました。LaDi-WM(arXiv:2505.11528)は、未来の状態を潜在空間上の拡散として予測します。いずれも「画像としての見た目」ではなく「状態の遷移」を予測対象に据えている点が共通しています。
無界動力の MWA も同じ系譜にあります。予測は一貫して、共有されたひとつの潜在空間の中だけで行い、ピクセル単位の計算を省きます。残すのは「どう動かせば物体がどう変わるか」という、タスクに直接効く情報だけです。
動作ラベルへの依存を断つ「潜在アクション」
潜在空間で予測するとして、その中で「動作」をどう表現するか。これが次の課題になります。
従来の手法は、明示的な動作空間に依存していました。アーム先端の座標や関節の軌道を、人間が事前にラベル付けしておく必要があります。多くは遠隔操作で収集するため、データの規模と多様性がそこで頭打ちになっていました。
MWA が用いるのは、潜在アクション(Latent Action) という表現です。動画の中で「物体が力を受けて位置や状態がどう変化したか」を、高次元の特徴として直接抽象化します。人手による動作ラベルを必要としない点が要点です。
この考え方には明確な先行研究があります。NVIDIA と KAIST らによる LAPA(Latent Action Pretraining from Videos、arXiv:2410.11758)です。LAPA はまず VQ-VAE 系の手法で隣接フレーム間の離散的な潜在アクションを教師なしで学習し、続いて「観測と指示文から潜在アクションを予測する」モデルを事前学習します。最後に、少量の実機データで潜在アクションを実機の動作へ対応づけます。論文では、動作ラベル付きで学習した当時の最高性能の VLA を実世界タスクで上回ったと報告されています。人間の作業動画だけで学習させても、ロボットへの転移が確認できたといいます。

図版出典:Ye et al., "Latent Action Pretraining from Videos"(arXiv:2410.11758)
MWA の学習側のアーキテクチャも、この系譜の上に組まれています。下図では、RGB-D 入力を DINO や Q-Former で符号化し、潜在アクションを介して未来のフレームを再構成しながら、L1 やコサインの損失で学習させる構成が見て取れます。

図版出典:量子位による無界動力 MWA 紹介記事(無界動力提供図版)
潜在アクションの利点は明快です。動作ラベルのない、ネット上の膨大な動画をそのまま学習に使えます。具身知能の最大の制約は一貫してデータの量と多様性だったので、この効果は大きいといえます。
1ステップ予測の限界と、まとめて予測するという発想
ここまでで、ピクセル予測と動作ラベルという二つの制約を外しました。ですが、順方向・逆方向のダイナミクスを使う世界モデルには、もう一つ厄介な問題が残ります。1ステップずつ(その瞬間だけ)予測する、という時間的な近視です。
一歩ずつしか予測しないと、長い時系列の因果を俯瞰できません。各ステップのわずかな予測誤差が次の入力に持ち越され、連鎖的に積み上がっていきます。手順の長い作業では、この誤差が最終的に動作の破綻につながります。
MWA の中心的な工夫はここにある、と無界動力は説明しています。逆動力学をチャンク(ひとまとまり)単位で扱うように変え、その出力単位そのものを作り直します。10秒を超える映像系列から、連続する複数ステップ分の潜在アクション(Latent Action Chunk)をまとめて予測・出力します。1ステップずつの予測を、ひとつながりの軌道の予測に置き換えることで、誤差の連鎖的な増幅を抑える狙いです。
補足しておくと、動作をまとめて扱う発想(action chunking)そのものは新しくありません。ACT や Diffusion Policy など、実機系では広く使われています。MWA の特徴は、これを潜在空間の世界モデルと順逆双方向の枠組みの中で行う点にあります。「世界初」という表現は割り引くとしても、方向性自体は妥当だと考えています。
順方向と逆方向の相互チェック
潜在空間の中で、予測した未来をどう検証するか。MWA は二種類の推論を同時に走らせます。
- 逆動力学(IDM):結果から原因をたどる。 ある結果に対し、それを引き起こした動作を逆算します。
- 順動力学(FDM):原因から結果を導く。 ある動作を入力として、環境が次にどう変わるかを予測します。
この二つは独立に動くのではなく、互いの出力を突き合わせます。逆動力学が出した動作案を順動力学がシミュレーションで検証し、順動力学が出した環境変化を逆動力学が事前学習で得た物理的知識と照合する。両者を往復させることで、因果推論の精度を高めていきます。
具体例で見ると分かりやすいでしょう。役割は三つあります。
- Policy Head(直感): まず動作案を素早く出す。
- FDM(予測役): その動作で何が起きるかをシミュレートする。
- IDM(検証役): 起きた結果から、原因となった動作を逆算する。
机を拭く場面を考えます。机の上には水滴があり、すぐ隣に割れやすいグラスが置いてあります。
- Policy Head が動作案を出す。「布を右から左へ動かして拭く」。
- FDM が、現在の潜在特徴とこの動作から次の状態を予測する。結果は「グラスを倒してしまう」。
- この望ましくない結果が、現在の特徴とともに IDM に渡る。IDM は、グラスを倒す原因となった動作成分を特定する。
- Policy Head はこれを踏まえ、勾配の逆伝播を通じて方策をその危険な動作から遠ざける。実際に物体へ触れる前に、因果関係をたどって衝突を回避する。
逆の場合もあります。ある動作を FDM が予測した結果、「水滴がきれいに拭き取れる」状態になったとします。すると IDM は前後の変化から、より適切な振幅で無駄の少ない潜在アクションを逆算し、方策はそちらへ寄っていきます。
順方向で結果を予測し、逆方向で原因を遡る。この往復によって、MWA は実際に動き出す前の段階で「避けるべき動作」と「とるべき動作」のおおよその範囲を決めておきます。学習データを確実な実行へとつなぐ仕組みだと言えます。
「正解だけ」のデータでは強化学習が進まない
世界モデルで因果の理解を作ったら、次はそれを現場で崩れない実行力に変える段階です。無界動力は、世界モデルを最初から強化学習になじむ形で設計しています。物理的因果のモデル化、強化学習による試行錯誤、限界の更新 ― このループを仮想環境内で高速に回します。
ここで業界共通の課題になるのが、データの偏りです。現状の具身知能向けデータセットは、ほとんどが成功例で占められていて、失敗の事例がほとんど含まれていません。模範解答ばかり読んでも自分の答案のどこが減点対象か分からないのと同じで、「失敗した」「あと一歩だった」という事例がなければ、モデルは自分の動作がどれだけ、どの方向にずれているかを測れません。報酬の信号が曖昧になり、方策の最適化が進まなくなります。
無界動力の対応が、AnyPhys という失敗例中心のデータ体系です。成功例だけでなく、明確な失敗、バランスを崩しかけた境界的な事例、「あと一歩で成功」という準最適な事例を、成功例と混ぜて扱います。すでに数万件規模の失敗・不安定・境界事例を集めたとしています。
要点は、成功・失敗・準最適・境界を自動で判別する仕組みを用意したことです。これにより、追加の人手ラベルなしで、欠点のあるデモデータも学習に再利用できます。例えば精密な挿し込み作業では、ロボットの姿勢から空間的な位置関係を構成し、先端の三次元距離を移動コストとして目標までの最短経路を求めます。残り距離で進捗を数値化し、前進・後退・停滞を区別して自動で採点・分類します。

図版出典:量子位による無界動力 MWA 紹介記事(無界動力提供図版)
オフラインの模倣学習とオンラインの密な報酬の双方に対応し、ノイズの多いデータ条件では成功率が最大5倍になったと報告しています。
ベンチマークの結果をどう読むか
無界動力は、中国科学院・自動化研究所の深層強化学習チームと共同で潜在空間の世界モデル MWA - WALA を開発し、RoboCasa GR1 TableTop で平均成功率 75.2%、首位を主張しています。NVIDIA の GR00T-N1.6 などを上回ったといいます。

図版出典:量子位による無界動力 MWA 紹介記事(無界動力提供図版)
ここは中身を分けて見ておきたいところです。
- RoboCasa は UT Austin が2024年に公開した大規模シミュレーション基盤で、生成AIで作った多様なキッチン環境を特徴とします(robocasa.ai)。
- GR1 Tabletop サブセットは、Fourier GR1 ヒューマノイド(上半身・両腕)による24種のテーブル上のピック&プレースです(GitHub)。照明のランダム化、紛らわしい物体の配置、対象物のサイズ変化といった条件を加え、不確実な環境での汎化性能を測る設計になっています。
- 報告されている2位との差は +2.4ポイント。複数手順の連続作業、狭い場所からの取り出し、ばらけた物体の精密なピッキングといった項目で特に強かったとされます。
注意したいのは、これがシミュレーション上の評価である点です。RoboCasa は有力なベンチマークですが、ここでの首位がそのまま実機・実環境での優位を意味するわけではありません。+2.4ポイントという差も、見出しの「首位」という言葉ほど大きくはありません。一方で、ラベルなしデータによる汎化が効いているという主張は、LAPA や DINO-WM 系の知見とも整合的で、技術的には納得できるものです。
まとめ:何が本質で、何を割り引くべきか
エンジニアの視点で整理すると、次のようになります。
- 本質的な部分: ピクセルではなく潜在空間で予測する、ラベルのない動画を潜在アクションで活用する、失敗データを強化学習に取り込む。この三点は、現在の具身知能研究が実際に向かっている方向と一致しています。LAPA、DINO-WM、LaDi-WM、GR00T といった公開研究が同じ地図の上にあります。
- 割り引いて読むべき部分: 「世界初」「世界一」といった表現は宣伝の色が濃いものです。action chunking も順逆双方向のダイナミクスも、要素単体では先行研究があります。新規性はむしろ、それらの組み合わせと作り込みにあると見るのが妥当でしょう。
- 本当に問われていること: デモの段階は終わり、評価軸は「実際に作業をこなし、納品できるか」に移りつつあります。無界動力が賭けているのは、より根本的な命題です。タスクを一つずつ教え込むより、物理法則そのものを理解させたほうが、結果的に汎化する。重力や摩擦、衝突を理解した「身体を持つ知能」は、場面ごとに教え込まなくても自力で学んでいける、という考え方です。
汎用の具身知能に至る道として、これはおそらく最も難しい部類のアプローチです。ただ、最も筋の通ったアプローチでもあります。発表の数字に引きずられず、その下にある設計の考え方を見ておく価値はあると考えています。
私たち Black AI も、GUI操作型AIエージェント「AI PC Worker」をはじめ、既存の業務システムをそのまま操作するAIの実用化に取り組んでいます。具身知能とソフトウェア操作はレイヤーこそ違いますが、「世界をどうモデル化し、どう行動へつなげるか」という問いは共通しています。こうした基礎技術の動向は、今後も継続して追っていきます。
関連リンク:
- LAPA: Latent Action Pretraining from Videos ― arXiv:2410.11758
- GR00T N1: An Open Foundation Model for Generalist Humanoid Robots ― arXiv:2503.14734
- DINO-WM: World Models on Pre-trained Visual Features ― ICML 2025
- LaDi-WM: A Latent Diffusion-based World Model for Predictive Manipulation ― arXiv:2505.11528
- RoboCasa / GR1 Tabletop Tasks ― robocasa.ai ・ GitHub
本記事内の MWA に関する数値(成功率75.2%、数万件の失敗例、成功率5倍 など)は、無界動力の公開発表および量子位による紹介記事に基づきます。査読済みの一次論文・技術レポートが公開され次第、独立した検証が望まれます。
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